2013年12月20日金曜日

感覚と経験

色々な物事が落ち着いて来て、ようやく2013年の暮れに突入できるようになったので、徒然なるままに駄文を貪る。
こういったふいに生じた時の文章は後で読むと新たな気づきがあったりするものだ。
mixiを始めた2005年からWeb上にこうしたログをしたためていて、積み重ねた結果が今であると思っている。

デジカメを所有してから写真の保存コストが下がったのだが、人間の海馬との相互作用は見事である。何も手がかりがなければ、人間の浄化作用によって記憶が薄れる。文字として記録しておいても、断片的な情報しかない。しかし、写真を見返すと、その当時の記憶が甦ってくる。データベースで言えば、インデックスのようなものだろう。ある1枚の写真に紐づく関連のデータの集合が脳の深層から引き出されてくるのだろう。

そんなわけで、急激に気温も下がって来た今日この頃。
シーズンに向けたモチベーションがますますあがるので、スキーについて語りたい。

スキーは物理学であると思う。
特に古典的力学系の観点の話。
なぜなら、スキー板を斜面に接地した際に、どうしても重力からは逃れられないし、その重力をいかにしてコントロールするかがスキーの醍醐味だからである。ボードも同様だ。(フリースタイルは違う)
スキーバブルの頃は平板の形状で言ってみれば、ただの板だった。そのため、けっこう脚力も必要だったし、長い板でなければならなかった。
しかし、カービングスキーというブレイクスルーが全てを変えた。
板にはエッジが付き、そのRの具合や、形状によってターンの難易度を劇的に変える事ができた。僕の現役時代のコーチは全日本のジャッジをしていた重鎮だが、そんな板のブレイクスルーに対して、よく愚痴を言っていた。
「板の性能のおかげで滑れているだけで、うまくなってない」と。

そんな彼の講習では、非常に基礎的なことを叩き込まれた。
人によってはかなりテクニカルに感覚を伝えてくる人もいる。
足裏の3支点(母指球、小指球、かかと)とターンの連動を伝えてくる先輩もいたが、僕はこの感覚がまったくもってわからなかった。
スキーは自分の滑りを客観的に見る事はできない。なので、滑りの際は自身の感覚を頼りに滑る。イメージしている滑りと自身の客観的な型を想像して、ターンごとにどの程度まで脚を倒すか、重心を位置するかなどの小刻みな動きを意識する。
講習などで、自分の中で落とし込めていない滑りでも、客観的に褒められる事もある。
そうしたギャップを少しずつ埋めていく事で、理想の滑りへと近づけていく。
とても気の遠い作業だが、生涯スポーツたる所以はここにあると思う。

また、スピードに関しても、経験することが必要だ。
初心者だったころは、先輩についていけないことが多かった。それはなぜなら、自分の最大速度を感覚的に知っていて、無意識下で制御されていたからだ。
この点を指摘された僕は、直滑降を繰り返し、最大スピードを上げた。その最中に激しく滑落したこともあったが、その甲斐もあって、今ではスピード狂である。

そんなスキーの経験がビジネスパーソンとしての自分にかなり有意義な影響を与えていると思う。スキーの講習のように、教えてもらう事はできても、結局やるのは自分であり、自身が消化できていないことはできない。そのため、反復したり、色々と試行錯誤して感覚に落としていく。こうした作業を全てにおいてやっているような気がするからだ。

今シーズンはソチ五輪も近いので、通常の圧雪ゲレンデだけでなく、パークで遊んでみたり、コース外のパウダーを喰らったり、バックカントリーに出かけてみたりと、チャレンジをしてみたいと思っている。

最後にこう締めよう。


全部雪のせいだ

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