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2011年3月19日土曜日

震災後におけるジャーナリズム、メディアなどを今一度問い直したい

2011年3月11日に起こった東北関東大震災による混乱はまだ収まってはいないが、今回の件で、メディアという言葉の定義を改めて問い直したい。

そもそも、メディアとはなんなのか?

Wikipediaによると、


メディア

Media:英語版WikipediaのMedia(曖昧さ回避ページ)も参照

* ミディアム(Medium)の複数形
o メディア (媒体) - 情報などの媒体
+ マスメディア - 新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等
+ ニュース・メディア - 報道機関
o 電子媒体 - 情報を記録する媒体。または記録媒体
o 通信媒体、伝送媒体 - 情報を伝送する媒体。伝送路を参照


とのことだ。
いわゆるテレビや新聞などのメディアというイメージが強いのだが、その語源はミディアムから来ていることに注目したい。

そう、人に情報を伝える媒介であるメディアなのである。
そこに真の情報はない。あくまでも媒介なのだ。
報道とは本来、ありのままの状況を伝えることが本来の意味であるはずだ。


しかし、今回の災害の件では、この中間媒体の曲解や煽りにより、最終消費者である我々に真意が見えてこない。
従来であれば、我々は現地を知る術がないので、問題はなかったのだろう。

だが、現代では、「ソーシャルメディア」が存在し、中間媒介を必要とせずともrawデータが手に入るようになった。

ここに、今騒がれている問題が存在する。
また、twitterによる災害情報の発信などもあり、今後、大きく状況は変わっていくことになるだろう。
”キュレーション”も更に注目を集めることになると思う。

話は少し変わって、メディアといえば、マクルーハンなのだが、


この中の序文で彼は、このように書いているようだ。


「メディアはメッセージである」というのは、電子工学の時代を考えると、完全に新しい環境が生み出されたということを意味している。この新しい環境の「内容」は工業の時代の古い機械化された環境である。新しい環境は古い環境を根本的に加工しなおす。それはテレビが映画を根本的に加工しなおしているのと同じだ。なぜなら、テレビの「内容」は映画だからだ。
マーシャル・マクルーハン『メディア論』


ここで語られているように、今まさに、古い環境(マスメディア)と新しい環境(ソーシャルメディア)がその関係性を表しているんじゃなかろうか?という私見である。

そういう風に考えると、歴史は繰り返していく…という見方は強ち間違いではないのでは?

インターネット業界は今以上に、大きく激動していくはずだ。

自分も少しでも牽引できるよう、日々チャレンジしていきたい。

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