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2011年2月12日土曜日

エジプトの歴史の転換点

2011年2月11日。奇しくも日本の建国記念日であるこの日に、エジプトのムバラク政権が崩壊し、
エジプトの革命が成就した。
とても、多くのことを考えさせられる一連の出来事。30年余りの体勢も群集の団結力の前には無力だったということだろうか。

早くもWikiには、一連の出来事を詳細にまとめられているので、リンクしておく。

2011年エジプト騒乱

とても重要なことが、この出来事の起因がチュニジアにおける「ジャスミン革命」であるということと、事が起こってから、わずか1ヶ月で体勢がめまぐるしく変化したことだろう。
チュニジアにならい、焼身自殺が発生するなど、攻殻機動隊S.A.Cの個別の11人のような出来事だと感じた。

まずは、この一連をジャーナリズムとして世界に発信し続けたアルジャジーラの動画を貼っておきたい。

・Revolution in Egypt


海外の某スポーツ記者は「アルジャジーラは見事だ。体制崩壊後の5分間は群集の声を流し続けた。群衆の声が革命の成功を伝える何よりの方法だ」というような趣旨を語ったようだ。
たしかにその通りだと思う。
日本では報道の遅さや、伝え方の淡白さなどが多くのネットユーザーに非難されていた。ジャーナリズムとは何なのかということを改めて痛感させられる出来事だった。

そういえば、少し前に、エジプト人の手紙も話題になった。

速報874号 エジプトの若者からのメッセージ

これを読んだとき、事態はかなり動いていると実感したものだ。日本国内にいると、どうしても実感しづらい部分ではある。


今回の一連の出来事を見て、「ホテルルワンダ」で描かれていたツチ族とフツ族の「ルワンダ紛争」を思い出した。
当時はインターネットのようなツールがなく、各国のジャーナリストの取材に頼られていた。
一時情報という点は今も変わらない。
しかし、このような事態になって国がインターネットを遮断したりするなど、人々のコミュニケーションインフラとしての機能を改めてみたときに、本当に世界は変化してきているのだと実感した。

やはり”独裁政権からの脱却”という共通の大儀の元で、動いていた民衆はその目的を達するまで、いかなる障害があろうとも動いていくものなのだな。

インターネットによって世界は同質化するか?という問いに対しては、原理主義までは同質化できない。という橋本大也さんの見方に賛同していたのだが、多くのファクターが絡むことで、ひょっとするとそこでも変化があるのではないかと思ってしまう今回のエジプト革命だった。

締めはオバマの演説でも載せておこう。

・President Obama on a Historic Day in Egypt


『和訳』
「皆さん、こんにちは。歴史が刻まれていく様を目にするのは、人生において得難い特権です。これはそういう瞬間です。これはそういう時です。エジプトの人たちは意思を示しました。人々の声は届きました。そしてエジプトは二度と元のようにはならない。

退陣によってムバラク大統領は、変化を求めるエジプトの人たちの渇望に応えました。しかしエジプトの移行はこれで終わりではありません。これは始まりです。これから先、困難な日々が続くことでしょう。答えの出ていない問題もたくさんあります。けれども、エジプトの人たちは答えを見つけるはずだと私は確信しています。エジプトの人たちは平和的に建設的に、この数週間を貫いてきた団結の精神で、答えを見つけるはずだと。なぜならエジプトの人たちは、真の民主主義以外のなにものをも認めないと、はっきり意思表示してきたからです。

軍はこれまでも国を守るものとして愛国心と責任感をもって尽くしてきました。軍は今後も、エジプトの人たちが見て納得のいく政権移行を、保障しなくてはなりません。それはすなわち、エジプト市民の権利を守り、国家非常事態法を撤廃し、変化を不可逆なものにするため憲法やその他の法律を改正し、そして公正で自由な選挙への明確な道筋を示すことを意味します。何よりも、この政権移行にはエジプトのあらゆる声が参加しなくてはなりません。なぜならエジプトの人たちがこれまで示してきた、平和的抗議と不撓不屈の精神こそ、政権移行を後押しする強力な風となり得るからです。

アメリカは今後もエジプトの友人でありパートナーであり続けます。信頼できる民主主義への移行を実現するため、私たちは必要な支援を、求められれば、何でも提供する用意があります。それに加えて、エジプトの若者たちがこの数日の間に示した気転や創意工夫や起業家精神を使えば、この若い世代の素晴らしい可能性を羽ばたかせるだけの、仕事やビジネスといった新しい機会を作り出せるだろうと、私は確信しています。そして民主的なエジプトは、周辺地域だけでなく世界各地において、責任あるリーダーとしての役割を推進していくことでしょう。

エジプトは6000年以上にわたり、人類の歴史において決定的な役割を担ってきました。しかしこの数週間、エジプトの人たちが普遍的な権利を求めるに伴い、歴史の歯車はめまぐるしい勢いで回転しました。

本当の自由とはこういう姿なのかもしれないと子供たちに見せるため、お母さんたちやお父さんたちが子供たちを肩に担いでいる姿を私たちは見ました。

『生まれて初めて、自分がいることに意味がある。自分の声が意味をもつ。自分はたったひとりだけど、これが本当の民主主義の形だ』と言う若いエジプト人を、私たちは見ました。

『セルミヤ、セルミヤ(平和的に、平和的に)』と何度も何度も合唱する市民の姿を、私たちは見ました。

守ると誓った市民に向かって銃弾を撃たない軍隊の姿を、私たちは見ました。

傷ついた人たちを助けるために街中に飛びこんでいく医師や看護師たちの姿を、私たちは見ました。抗議する市民が武装していないことをひとりひとり確認するボランティアたちの姿を、私たちは見ました。

信仰する人々が共に祈り、『ムスリムとクリスチャン、私たちはひとつだ』と唱える姿を、私たちは見ました。信仰と信仰の間の軋みは未だに多すぎるほど世界の多くを隔てているし、たった一つの出来事がその溝をただちに埋めることがないことも承知しています。けれどもこうした光景を目にすると、改めて思いを新たにします。互いの違いが私たちの全てではないのだと。私たちは人間性を共有している。その共通点をよりどころに自分たちを語ることができるのです。

そして何よりも、新しい世代が台頭するのを私たちは見ました。この世代は、自分たちの創意工夫と才能とテクノロジーを駆使して、自分たちの恐怖ではなく自分たちの希望を代表する政府を要求したのです。自分たちの無限の志に応えてくれる、そんな政府を求めたのです。1人のエジプト人がこう簡潔に言いました。ほとんどの人はこの数日で気づいた。自分には価値があるのだと。その価値は、二度と決して奪われることがないのだと。

これが人間の尊厳というものの力です。決して否定されることのない力です。エジプトの人たちの姿に、私たちは感動し、奮い立った。エジプトの人たちは、正義は暴力で勝ち取るのが一番だなどという考えの嘘を暴いてくれて、私たちを奮い立たせてくれたのです。なぜならエジプトでは非暴力による道義の力こそが、テロでもなければ無意味な殺戮でもなく、非暴力の道義の力が、歴史の流れを改めて正義へと向かわせたのですから。

私たちが触れた光景や音はどれもすべてエジプトのものでしたが、こだまして響く歴史の音を思わないわけにはいきません。壁を打ち砕くドイツの人たちからの響き、街中にあふれたインドネシアの学生たち、そして正義の道へ人々を導くガンジーからの響き。

自分の国をより良いものにしようとしていたマーティン・ルーサー・キングは、ガーナの新国家誕生を祝ってこう言いました。『魂には、自由を切望して声を上げるなにかがある』と。タハリール広場から響いたのは、まさにその声でした。そして世界中がその声を受け止めた。

今日のこの日は、エジプトの人たちのものです。アメリカの私たちはカイロやエジプト各地の光景に感動しました。私たちがアメリカ人である所以(ゆえん)、自分たちの子供たちにはどういう世界で育ってほしいと思っているか。そこにエジプトの光景は訴えかけてきたからです。

『タハリール』という言葉は、解放を意味します。私たちの魂の中で自由を切望するなにものかに、訴えかける言葉です。今後いつまでも、エジプトの人たちを思い出す言葉となるでしょう。人々が何をしたか、何のために動いたか、いかにして自分たちの国を変えたか、そしてその結果いかに世界を変えたか、思い出す言葉となるでしょう。

ありがとうございます」

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