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2012年1月19日木曜日

真の目的を達するための手段について

今日はとある事情で近所の病院で健康診断をしてきた。

社会人になってからずっと、健康診断は関東ITなんちゃらの施設で健康診断専用の場所で受けてきた。
そのため、近くの病院で健康診断が気軽に受けられることも知らなかったし、費用は保険適用外だということも恥ずかしながら初めて知った。予約も必要なく、ふらっと行って検診を受けられる。
(当然、食事を抜くなどの事前準備は必要だが)

近所の病院はまあ、年季の入った病院であるし、平日の昼間ということもあって、やはり高齢者が多い。
その中でマイノリティ的に受診をした。

普段の施設では、健康診断専門ということもあり、最新設備っぽい感じだったのだが、今回の病院では少し世代が前の機器では?と思うものが散見された。まあ、病院のアセットアロケーションとしてはまずは入院患者向けの機器が最優先で、外来や健康診断はそれに次ぐ優先順位であるだろうから、仕方ないかなとは思った。

ふと翻って感じたこととして、結局のところ、目的は「患者の健康状況を診断する」ということである。
それに対して、最新鋭の機器である必要は必ずしもない。要は体の具合を調査できればよいということだ。

僕たちのような分析者やエンジニアも、今は「ビッグデータ」というバズワードにのせられて、Hadoop、Mahout、Hive、Pig、HBase、etc‥などの様々な新しい技術を日々追いかけている。当然、新たな技術であるために、大容量のデータでも扱えるようになったり、今までは処理時間が遅くてなかなか解析できなかったデータが解析できるようなメリットもあるので、キャッチアップするメリットは大いにある。

しかし、みんながみんな、そこまでのデータ量がボトルネックで苦しんでいたのだろうか?
鶏と卵のような印象で申し訳ないが、先の技術もそのデータ量に悩まされたあげく生まれたイノベーションであるため、必ずしもみんなが必要である気もしない。

むしろ、今までそういった解析をないがしろにしていたが故に、新たな技術に群がってしまっているのが現状ではなかろうか。
少なくとも、僕はそんな感じだった気がする。

結局のところ、持っている蓄積データを解析して、その解析データをもとに何をしたいのか?が重要なことを見落としてしまう。
ツールや技術はあくまでも手段であって目的ではない。

今日の健康診断は色々な意味で、私に示唆を与えてくれたような気がする。

さて、機械学習がんばろう。

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